今から23年前・・・かな?
結婚すると同時に住み始めたのは、県営の高層マンションでした。
正式名は「明舞高層」通称は「チョコビル」でしたね。
僕たち夫婦はその最上階、14階の2DKで新しい生活をスタートさせたわけですね。
2年後には息子も生まれ、狭いながらも楽しい我が家だったのですけど、たぶんそこら辺から、僕の仕事が異常に過激になっていったのです。
世はまさにバブル。
ITバブルの一歩手前の時代だったけど、それでもOA業界の雄として名をあげ始めたばかりの会社は、一流企業の仲間入りを果たすようになりました。
もちろん、現場では僕らが死に物狂いで頑張ってたんですけど・・・。
息子が4歳になった頃だったかなぁ・・・・。
僕、ついに倒れてしまいましてね。
高熱と、ストレスから来る「帯状疱疹」ヘルペスの一種らしいのですが、つらくてね。
一週間は寝たきりでした。
僕は高校時代、ラグビー部に所属していて兵庫県代表にまで選ばれるような選手でしたから、過信があったんです。
体力だけは絶対自信がある、そんな風に思い込んでいたフシがあるのです。
実際は京都で、昼夜逆転した生活を長く課せられていたし、どう考えても体力は落ちていたんだと思います。
そんな中で、限界を超えた仕事をこなそうと、あげくに倒れてしまったわけです。
自宅で寝ているばかりでしたが、ちょうど6日目くらいかな。
ベランダに出て、「無理してきたんだよな」と、そんなことを思っていたら・・・いたらですよ。
歌が聞こえたんです。
誰かが、僕に歌いかけているのです。
急ぎすぎてるよ 結論を焦るなよ
周りにけしかけられて 見失っているよ
いったい誰が歌ってるんだろう?
最初はそんな感じだったんです。
信じてもらえないかもしれないけど、本当にそんな感じだったんです。
急ぎすぎてるよ 肩の力抜けよ
だって俺たちはまだゲームの途中じゃないか
今も思うのですが、どう考えてもあの頃の僕に、「ゲームの途中」なんて感覚はなかったのです。
これは僕の言葉じゃないな・・・そう思いました。
誰かが空の上から僕に歌わせようとしている。
次々と降りてくる言葉とメロディ。
僕はあわてて部屋からギターを持ち出し、まだ橋の架かっていなかった明石海峡を眺めながら、降りてくる言葉をそのまま紡いでいきました。
おそらく1時間もかからなかったと思います。
あっという間に「14階のテラスで」は完成しました。
でも僕は未だに、この歌は僕が作った歌ではないのではないか、と思っています。
あの日、誰かが僕に歌いかけてくれた、そんな感覚の方が強いのです。
僕は僕自身がこの歌に癒され、この歌に慰められました。
なので、もしかしたら同じようにこの歌に癒される人がいるんじゃないか、という思いで、この歌を歌い続けています。
この歌を作ったことを境にして、息子とか、人生について深く向き合うようになったことも大きいです。
作者が自作の作品に影響を受けることってあるのですよ。
そういう意味ではこの「14階のテラスで」という曲は、大きな意味のある曲でしたね。
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【今日の一曲】
人生に向き合う。
それは来し方行く末を見つめるという意味じゃないのです。
「14階のテラスで」 by シーガル健&マッケンジ
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